多くの人に参加してもらいたい

“弱体化と協力心”の法則

2016年2月11日

 

人の参加行動を掻き立てる、という切り口で考えていくと、ついニンジンをぶら下げるような、わかりやすいインセンティブを用意して“それと引き換えに参加してもらう”という手法に頼りがちです。

 

しかし、人が生理的に動いてしまうようなトリガーも、きっと存在するはず。

今回は、そのヒントとなりそうな法則のひとつ、“弱体化と協力心”の法則を取り上げます。

 

 

ゴミを見つけて拾いに行ってくれる“ゴミ箱ロボット”を開発!…でも、自分ではゴミを拾えない?!

 

近年IT技術の発達が目覚ましく、人工知能、なんていうSFチックな技術も実現に近づいてきています。

ですから、ゴミ箱のイノベーションを、と考えると、つい“いかに自分でゴミを見つけて拾えるロボットを開発するか”という方向に開発姿勢が傾きがちです。

(その最たる例が、ルンバでしょう。)

 

しかし、そんな世の中の潮流に逆流するかのような研究が行われています。

そんな豊橋技術科学大学の岡田研究室のプロジェクト“Sociable Trash Box”の事例を。

 

 

 

(0:20くらいからご覧ください。)

 

 

ゴミ箱ロボット、なのにまるで、ペンギンのようなよちよち歩き。

さらに、ゴミを検知して近寄ることはできるのですが、ゴミをすくい上げる手のような機能はついていません。

あくまでできるのは、ゴミの近くに寄ることまで。

 

 

Robot2

 

Robot3

 

Robot4

 

Robot5

 

Robot1

 

 

子どもたちの反応を見ていただければ非常にわかりやすいですが、突然現れた可愛いゴミ箱に興味津々で、でも自分でゴミを拾えない様を見て、“つい手助けしてしまう”かのように、ゴミを入れてあげています。

 

まるで、健気に頑張る幼子をみて、思わず愛情たっぷりに手を差し伸べてしまうかのよう。

 

そう、人は、「頑張る、けどできない」姿を見ると、つい「助けたい」という行動意欲が芽生えます

相手が、人間的であればあるほど。弱そうに見れば見えるほど。

 

このゴミ箱は、人がロボットに求めがちな「完璧さ」をあえて排除しています。

あえて「不完全さ」を残すことで、人と協力し合い、共存関係を結んでいる。

 

この“弱いロボット”なる考え方は、古くから日本のSFでも描かれてきた姿でもあります。

それは、ドラえもんしかり、コロ助しかり。

 

dora1

 

 

“弱体化と協力心”の法則を語る本論とは少し逸れてしまうのですが、僕はここに、人とロボットとが共存できる未来予想図を垣間見ます。

 

 

これまで、ロボットといえば完璧で、それがゆえに「人の知能を超え、反乱する」姿が描かれてきました。

その最たる例が、映画『アイ, ロボット』でしょう。

 

irobot1

 

 

欧米では「個人」「強さ」「完璧さ」が重要視される文化背景を抱えているがゆえに、ロボットにもその性能を求めた結果、SFでは「ロボットが人を駆逐する」様子が描かれがちだったように思います。

そこには、共存、という考え方はあまりにも理想的で、絶望的。

 

だからこそ、日本の価値観から生まれるロボットに可能性があるように感じます。

日本を舞台に描かれた映画「ベイマックス」のロボットが、従来の欧米発想を捨てて“弱いロボット”として描かれたのも、その影響かもしれませんね。

 

max1

 

 

 

さて、話を戻します。

 

この“弱いロボット”を企業活動に応用した事例がありましたので、以下ご紹介。

 

 

 

猛暑の日にマクドナルドが飲み物をサンプリング。でもその方法が予想外!

 

“Dollar Drink Days Special Delivery”という、マクドナルドが実施した事例。

 

時は、2013年。

この年のカナダはかなりの猛暑で、こんな暑さだと誰も飲み物を買いに来てくれないだろう、とマクドナルドは考えました。

 

そこで実施したのは、わざわざ街まで出向いて飲み物をサンプリングする、という取り組みなのですが、その手法に“弱いロボット”を活用しました。

 

そう、使ったのは、ラジコンです。

 

 

mac1

 

mac2

 

mac3

 

 

 

この思いがけない来客に、思わず笑顔がほころぶ人々の様子が伺えます。

 

通常、サンプリングといえば、丁寧に、煩わしさをなるべく排除して商品を大切に届けると思うのですが、この場合は逆です。

“弱いロボット”だからこそ、許され、むしろ協力してあげたくなるくらいのモチベーションが生まれる。

 

 

サンプリング、という何でもない施策を、とてもユニークで楽しいものに変えた素敵な事例だと思います。

 

 

…と、ここまで“弱いロボット”にフィーチャーした事例ばかりでしたので、最後は“弱い人”が起こした、小さな奇跡をご紹介して終わりたいと思います。

 

 

 

試合前、自閉症の人が歌った「アメリカ国歌独唱」で起きた小さな奇跡。

 

park1

 

 

2007年6月の出来事。

 

この日はボストン・レッドソックスの本拠地スタジアム「フェンウェイ・パーク」で、試合前に国歌独唱が行われました。

 

歌うのは、身体障害者のためのイベントナイトということもあり、自閉症の人。

しかし、彼は緊張からなのか、障がいのためなのか、うまく歌うことが出来ません。

 

そんな様子をみるにみかねて、観客が彼を助けようと、歌い始めます。

 

 

 

 

最後は、観客全員の大合唱となって幕を閉じました。

 

 

前述にて、あえて語弊を承知で“弱い人”と呼んでしまいましたが、あくまで健康体な一般市民にとっての「歌う」と比べれば、不完全、未熟とも呼べる国家の独唱。

 

それに対して、半ば必然的にも思えますが、誰かに歌わされるわけでもなく、自然発生的に人の優しさや協力心が起こした、小さな小さな奇跡です。

 

 

この“弱体化と協力心”の法則は、使いどころによっては、強い参加意欲・行動を促すちからを秘めていると思います。

 

 


 

※その他の類似施策は、以下URLにまとまっていますのでご参考ください。
2